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高付加価値経営旅館等の登録制度の背景と目的
宿泊業を取り巻く環境は、深刻な人手不足、コストの高騰、そしてインバウンド需要の回復に伴う「高付加価値化」への対応など、大きな転換期を迎えています。こうした中、観光庁は宿泊施設が持続的に成長し、地域経済の牽引役となるための指針として「宿泊業の高付加価値化のための経営ガイドライン」を策定しました。
ガイドラインの狙い
ガイドラインは、宿泊施設が適切な利益を確保し、従業員の待遇改善や設備投資に還元する「成長の好循環」を生み出すことを目的としています。具体的には、データに基づく経営判断や、IT・DXの活用による生産性向上が強く推奨されています。
高付加価値旅館の登録制度について
ガイドラインの策定に伴い、令和5年よりスタートしたのが本登録制度です。「宿泊業の高付加価値化のための経営ガイドライン」に沿った経営を実践している施設を公的に登録し、可視化することで、以下の実現を目指しています。
- 経営の「見える化」: 自社の経営状況が、観光庁が定める標準的な指標に対してどの位置にあるかを把握する。
- 信頼性の向上: 観光庁が認めた「高付加価値経営」を実践する施設として、宿泊客や金融機関、取引先に対する信頼性を高める。
- 公的支援の指標: 「省力化補助金」をはじめ観光庁の公的な支援策において、優先順位を判断する重要な基準となることが明示されています。
持続可能な観光経営のパスポート
本制度は法(観光庁告示第3号)に基づき地方運輸局等が審査を行う公的な制度です。宿泊施設にとって、今後の国の政策や支援と足並みを揃えていくための重要なものです。
続いて、登録制度の根幹となる経営ガイドラインの内容を、具体的に整理して解説します。
経営ガイドラインが求める「3つの視点」
ガイドラインでは、主に以下の3つの視点において具体的な取組事項が定められています。
労働環境改善の視点(従業員の働きがい)
宿泊業の最大の課題である人材確保に向けた、組織としての基盤整備が求められます。
- 適切な賃金水準の維持: 地域の同業種や他産業と比較しても遜色のない給与水準を維持し、透明性のある賃金体系を構築すること。
- 労働時間の管理と休暇取得: 就業規則の整備はもちろん、過度な長時間労働の抑制や、有給休暇の取得促進に向けた具体的な仕組みを持つこと。
- 人材育成と多様な働き方: 従業員のスキルアップ支援や、多様な人材が活躍できる環境(多能工化の推進等)を整えること。
経営基盤強化の視点(稼ぐ力の可視化)
勘や経験に頼る経営から脱却し、データに基づいた経営判断を行う体制を求めています。
- 財務指標の可視化: 貸借対照表や損益計算書を定期的に作成・分析し、経営状況を客観的に把握すること。
- KPI(経営指標)の管理: ADR(客室単価)、RevPAR(販売可能客室数あたり客室単価)、さらには「労働生産性」といった重要指標を継続的に計測し、改善に活かすこと。
- 収益性の向上: 宿泊部門だけでなく、料飲やその他付帯事業を含めた施設全体の収益最大化を図る戦略を持つこと。
DX・IT活用の視点(生産性向上のための投資)
労働不足をカバーし、顧客体験を向上させるためのデジタル活用が不可欠とされています。
- PMS(宿泊管理システム)の導入・活用: 予約管理や顧客情報をデジタル化し、フロント業務やバックヤードの効率化を図ること。
- デジタルによる付加価値向上: 予約の利便性向上や、データに基づいたパーソナライズな接客、あるいは清掃ロボット等の導入による省人化の推進。
2つの登録区分とその基準
本制度には、経営の成熟度に応じた2つの登録区分「高付加価値経営旅館等」「準高付加価値経営旅館等」が設けられています。それぞれの区分が求める基準を整理して解説します。登録はいずれかを選択して申請します。
高付加価値経営旅館等(上位登録)
ガイドラインが定める経営水準(必須事項と努力事項)を満たしている施設が対象となります。
- 登録基準: ガイドラインに規定された「必須事項」の全てと、「努力事項」の半数以上を実施していることが条件です。
- 求められる姿勢: 労働環境、財務管理、DX活用の全ての面で高いレベルの仕組みが構築されており、地域や業界のモデルケースとなる経営が求められます。
- 優遇措置の可能性: 省力化補助金などの公的支援において、優先採択の対象となます。
準高付加価値経営旅館等
現在は一部の要件を満たしている段階だが、将来的に上位登録を目指す意欲のある施設が対象です。
- 登録基準: 「必須事項」を実施していることが求められます。
- 優遇措置の可能性: 省力化補助金などの公的支援において、高付加価値経営旅館に次ぐ優先採択の対象となります。
具体的な判定指標(定量的評価)
登録にあたっては、登録施設(旅館等)の以下の具体的な指標(KPI)の算出と報告が必要となります。添付は観光庁が指定する必要な取組事項です。

- 労働生産性: (営業利益+人件費+減価償却費)÷ 常時従事者数で算出され、経営の効率性を測定します。
- 客室単価(ADR): 実際に販売された客室の平均単価であり、付加価値の源泉となります。
- 販売可能客室数あたり客室単価(RevPAR): 稼働率と単価を掛け合わせた指標で、施設全体の収益力を示します。
登録の具体的なステップと必要書類
続いて、登録を希望する事業者が実際に進むべき手続きのプロセスと、準備すべき書類について整理します。
本制度の申請先は、各施設が所在する地域を管轄する地方運輸局等となります。申請は随時受け付けられていますが、審査には一定の時間を要するため、補助金申請などを見据える場合は余裕を持った着手が必要です。
申請から登録までのフロー
- 自己診断と準備: ガイドラインの必須取組事項を自社が満たしているか確認し、不足している規程やデータの整備を行います。
- 書類提出: 規定の申請書および添付書類を揃え、管轄の地方運輸局等(観光部・観光産業課など)へ提出します。
- 審査: 提出書類に基づき、ガイドラインへの適合性が客観的に審査されます。
- 登録・公表: 審査を通過すると「登録証」が交付され、観光庁のホームページ等で施設名が公表されます。
主要な提出・添付書類
客観的な経営実態を証明するために、以下の書類の提出が求められます。
- 申請書: 施設の基本情報、希望する登録区分
- 財務諸表: 直近2期分の施設単位の貸借対照表および損益計算書。
- KPI算出根拠: 労働生産性、ADR、RevPARの算出に用いた客室数や販売データ等の資料。
- 就業規則等: 労働環境の改善状況(休暇、賃金体系、人材育成等)を確認するための書類。
- IT・DX導入状況: PMSの導入状況や、その他デジタル技術の活用を証明する資料。
登録後の継続的な義務
登録は一度済ませれば終わりではなく、経営状況を継続的にアップデートしていく必要があります。
- 状況報告: 登録施設は、毎年度の終了後にADR、RevPAR、労働生産性、給与水準などの実施状況を地方運輸局等へ報告する義務があります。
- 有効期間: 登録日から5年間で、その後は満了日の90日前から30日前までに更新申請が必要です。
早期登録を目指すのであれば、まずは専門家と共に、データの棚卸しから始めることをお勧めします。
登録制度のメリットと今後の展望
「高付加価値経営旅館等」への登録は、単なる公的な認定を受けることにとどまらず、宿泊施設の持続的な成長を支援するための具体的なインセンティブと結びついています。
補助金の優先採択
宿泊業を対象とした観光庁の支援策において、本登録を受けていることが優先採択の条件、あるいは加点要素として明示されています。具体的には、以下の事業等が対象となりました。
【令和7年度(2025年度)実施予定事業】
- 観光地・観光産業における省力化・省人化等推進事業
- 地域一体となった観光地の再生・高付加価値化事業
- 宿泊施設を核とした観光地の再生・高付加価値化(個別施設支援型)
【令和6年度(2024年度)実施事業】
- 観光地・観光産業における人材不足対策事業(令和6年度補正)
- 地域一体となった観光地の再生・高付加価値化事業(令和6年度)
- インバウンド受入加速化・継続的な来訪促進事業
経営の標準化
登録プロセスそのものが、自社の経営を客観視する貴重な機会となります。
- KPIの把握: ADR、RevPAR、労働生産性といった指標を算出・報告する過程で、自社の強みと課題が数値で可視化されます。
- 経営の「標準化」: 国が定めるガイドラインで自社を語れることで、金融機関への融資相談や、専門家によるコンサルティングを受ける際にも、より論理的でスムーズなコミュニケーションが可能になります。
社会的信頼とブランド価値の向上
公的な登録は、ステークホルダーに対する有力なアピール材料となります。
- 観光庁サイトでの公表: 登録施設は観光庁のホームページ等で広く公表されるため、金融機関やエージェントに対する「質の高い経営を実践している施設」としての信頼に繋がります。
- 採用活動への貢献: 労働環境の改善が公的に認められていることは、深刻な人手不足の中、優秀な人材を確保する上での強力な武器となります。
この記事のまとめ
登録制度が単なる事務的な手続きではなく、戦略的な経営ツールであることがご理解いただけたかと存じます。
まずは現状の経営指標を確認し、不足している「仕組み」を補うことから始めてください。弊社では、制度登録に向けたサポート、補助金申請支援、経営改善支援までトータルにサポートしております。



