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宿泊・観光業界において、深刻な調理スタッフ不足と原材料費の高騰は、今や避けて通れない経営課題です。この課題に対する一つの有力な解が、調理工程を集約する「セントラルキッチン」の建設です。
しかし、大規模な施設建設や最新の調理設備の導入には多額の投資が必要です。そこで活用したいのが、国が強力に支援する補助金制度です。本記事では、宿泊業がセントラルキッチン建設に活用可能な3つの補助金を、ケース毎に解説します。
【新事業進出補助金】「異業種からの参入」や「異業種への進出」を狙う投資に
最初にご紹介するのは、中小企業庁が管轄する「新事業進出補助金」です。この補助金は、既存事業の枠を超えて新たな市場に挑戦する際に活用できるもので、宿泊業が自社内の食事提供を効率化するだけでなく、製造した料理を外販したり、あるいは異業種から宿泊・食品製造業へ参入したりするケースに最適です。
新事業進出補助金の概要
本制度は、国が新市場・高付加価値事業への進出を後押しすることで、中小企業等が企業規模の拡大・付加価値向上を通じた生産性向上を図り、賃上げにつなげていくことを目的とします。
主な補助対象経費
- 建物費: セントラルキッチンの建設費、既存建物の改修費。
- 機械装置・システム構築費: 大規模調理機器、冷凍機、真空包装機、在庫管理システム
従業員数別の補助金額(対象経費の1/2)
- 20人以下: 最大2,500万円
- 21〜50人: 最大4,000万円
- 51〜100人: 最大5,500万円
- 101人以上: 最大7,000万円
難易度
申請については詳細な事業計画が必要です。他の補助金と比較して審査が厳しく、採択率は30%前後です。また採択された後の「交付申請」や「実績報告」といった事務手続きが緻密であり、厳格な管理が求められる点に注意が必要です。
補助金が該当するケース
- 外販・食品製造への進出: 「自ホテルで提供する料理を急速冷凍し、ECサイトや近隣のスーパーで販売する」といった、宿泊業の枠を超えた収益源を確保する場合。
- 異業種からの宿泊オペレーター参入: 飲食業や製造業を営む企業が、新たに宿泊業を立ち上げ、そのバックヤードとしてセントラルキッチンを構築し、地域一帯の運営を効率化する場合
メリットとデメリット
メリット
- 中小企業庁の補助金の中でも珍しく「建物費」が認められるため、キッチンそのものの建設や大規模なリフォームに強い。
- 補助金額が大きく、抜本的なビジネスモデルの転換を後押ししてくれる。
デメリット
- 「革新性」の壁: 単なる「自社用キッチン」では説得力に欠き、「その地域や業界において、いかに斬新な挑戦であるか」を論理的に説明する高度な事業計画書が求められます。
- 事務負担: 採択後の管理が非常に煩雑であるため、バックオフィス体制の整備が不可欠です。
この補助金は、「セントラルキッチンを一つの独立した事業として成長させる」というビジョンを持つ企業に恩恵をもたらします。異業種からの参入にとっても、既存のノウハウを宿泊業に融合させる強力な武器となるでしょう。ただし、採択率30%という狭き門を突破するには、数字の裏付けがある緻密なストーリー構築が必須です。
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【観光地・観光産業における省力化・省人化等推進事業】「施設単体」から「地域連携」まで
次に紹介するのは、観光庁が管轄する「観光地・観光産業における省力化・省人化等推進事業」です。観光庁主導の補助金であるため、人手不足に悩む宿泊業の厨房の改善に対して非常に柔軟で実用的な支援が受けられます。
最大の特徴は、「個別の施設における厨房設備の省人化」から「地域を挙げた大規模なセントラルキッチン建設」まで、投資の規模に応じた使い分けができる点にあります。
補助金の概要
本制度は、観光地の人手不足を解消し、宿泊業の収益性を高めることを目的としています。単なる設備の更新だけではなく、「それによってどれだけ現場の負担が減り、おもてなしの質が上がるか」が評価の指標となります。
主な補助対象経費
- 省人化調理設備: スチームコンベクションオーブン、真空包装機、ブラストチラー(急速冷却機)、全自動炊飯システム等。
- 運搬・配膳支援: セントラルキッチンからの配送用車両や、館内配膳ロボット。
補助金額(発表前につき令和7年実績を基に予測)
詳細は公募開始時の発表を待つ必要がありますが、以下の二段階の構成が想定されます。
- 施設単体: 厨房の機器入替など、比較的手軽な改善(上限数百万円〜)。
- 共同利用型(セントラルキッチン等): 複数の旅館が連携し、バックヤードを集約する大規模投資(上限3,000万円規模予測)。
本補助金が該当するケース
本補助金は、自社のフェーズに合わせて以下のどちらでも活用可能です。
- パターンA:地域一体・多施設での「集約化」→ 温泉街の数軒の旅館が共同で拠点を設け、仕込み作業を一括化する場合、または自社の複数施設の食事を1箇所でまとめて調理する「セントラルキッチン」を構築する場合です。これにより、各施設から「専門の調理師」が不在でも、高品質な食事提供が可能になります。
- パターンB:施設単体での「厨房省力化・省人化」→ 自社の厨房に最新の調理機器を導入し、仕込みの自動化やマニュアル化を進めることで、調理スタッフの労働時間を短縮し、少人数での運営を実現する場合も対象となります。
メリットとデメリット
メリット
- この補助金は、例年、発表から申請締め切りまでの期間が極めて短い傾向にあります。予算枠の争奪戦となるため、「公募が出てから考える」のではなく、あらかじめ「どの工程を機械化したいか」の構想と見積もりを準備している事業者が、確実に枠を確保できる大きなチャンスとなります。ひと言でいえば「早い者勝ち」です。
デメリット
- 申請の前提として、観光庁の「高付加価値経営旅館等」の登録が必要となりそうです。財務データの整理やガイドライン遵守の証明など、事前の事務作業が必須となるため、これを「高い障壁」と感じて諦めてしまう事業者が多いのも事実です。
「地域一体となった」という言葉に身構える必要はありません。まず施設単体の厨房改善から着手し、将来的に近隣施設との連携を見据えるというストーリーでも十分に活用可能です。
重要なのは、「高付加価値経営登録」という事前課題を早めに済ませておくことです。 これさえ済んでいれば、補助金の発表と同時に最短距離で申請を行い、ライバルに差をつけて予算枠を勝ち取ることができます。
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【中小企業成長加速化補助金】売上100億円への道 企業拡大の壁を突き破る大型投資
最後にご紹介するのは、中小企業庁が管轄する「中小企業成長加速化補助金」です。この補助金は、文字通り「中堅企業」へと駆け上がろうとする、極めて高い成長意欲を持つ事業者を対象としています。
売上20〜30億円規模の宿泊事業者が、属人的なオペレーションから脱却し、売上100億円を超える多施設展開を目指す際、その核となる「マザーキッチン(大規模セントラルキッチン)」の構築を支援する補助金です。
補助金の概要
本制度は、地域経済を牽引する中堅企業への成長を促すため、これまでにない大規模な設備投資を支援するものです。
主な補助対象経費
- 建物費: 大規模セントラルキッチンの新築・増築費用。
- 機械装置: 大量調理ライン、高度な冷凍・衛生管理システム。
- ソフトウェア: 全拠点を一元管理する生産・物流管理システム。
補助金額と投資規模
- 最低投資金額:1億円(※1億円以上の投資プロジェクトが対象)
- 補助上限額:5億円
審査難易度
本補助金の採択率は15%前後と非常に低く、今回紹介する3つの中で最も難易度が高いのが特徴です。新事業進出補助金と比較しても、その門戸は極めて狭く、売上100億円達成に向けた具体的なビジョンと緻密な事業計画書が不可欠です。
本補助金が該当するケース
地域をまたいで多施設を展開する計画がある場合、各施設の厨房機能を最小化し、1箇所の拠点(マザーキッチン)から高品質な料理を供給する「拠点集中型」のビジネスモデルへ転換する場合です。
メリットとデメリット
メリット
- 意外に思われるかもしれませんが、本補助金は20億円規模の宿泊事業者と非常に相性が良いのが特徴です。この規模の事業者は「現場の人手不足」や「調理原価の高騰」といった経営課題が極めて明確であり、セントラルキッチン導入による改善効果を数値化しやすく、マーケティング計画も立てやすいため、宿泊業の採択事例も多く存在します。
デメリット
- 最大のハードルは、付加価値額の大幅な向上やベースアップといった、非常に高い成長目標が「義務」となる点です。
売上20〜30億円の宿泊事業者が100億円を目指す過程で、ぶつかるのが「料理人の採用や離職」や「品質のバラツキ」という壁です。この補助金は、リーディングカンパニーとして地域の観光を支える志を持つ経営者に相応しい制度です。
採択率15%という極めて厳しい壁はありますが、課題が明確な宿泊業にとっては、論理的な事業計画さえ構築できれば、数億円規模の支援を受けて一気にスケールアップできるチャンスといえます。
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まとめ 自社に最適な補助金は?
本記事では、宿泊業の生産性を劇的に向上させる「セントラルキッチン建設」に活用できる3つの補助金をご紹介しました。どの補助金を選択すべきか、経営フェーズに応じたチャートとを最後にまとめます。
補助金選択の診断チャート
• 「外販」や「異業種参入」で攻めたいなら
➡ 新事業進出補助金(中小企業庁)
建物費が認められる点が最大の魅力ですが、採択率30%の壁を越える「革新的なストーリー」が必要です。
• 「人手不足」を解消し、現場を楽にしたいなら
➡ 観光地・観光産業における省力化・省人化等推進事業(観光庁)
宿泊実務に即しており、施設単体の改善に使いやすい制度です。「高付加価値経営登録」を済ませ、スピード申請することが唯一の勝ち筋です。
• 中小企業から中堅企業へスケールアップを狙うなら
➡ 中小企業成長加速化補助金(中小企業庁)
最低1億円以上の投資が条件。採択率15%という過酷なハードルですが、20億規模の宿泊業が「マザーキッチン」を構築するには最強の武器となります。
成功の鉄則は入念な事前準備
補助金は、公募が始まってから検討を始めるのでは手遅れです。特にセントラルキッチンのような大型投資は、以下の「事前準備」の質が採択を左右します。
- 高付加価値経営登録の完了: 観光庁系補助金において、もはや必須です。
- 緻密なシミュレーション: キッチン導入でどれだけ人件費が浮き、ADR(客単価)が上がるのか。
- 具体的な設計と見積もり: 補助金ごとの対象経費を把握し、精度の高い図面と見積もりを揃えておく。
宿泊業の未来を共に構築するパートナーとして
セントラルキッチンの建設は、単なる設備の導入ではありません。日本の宿泊業が抱える「属人化」という課題を解決し、持続可能な高収益体質へと脱皮するためのプロセスです。
当社は、全国で50施設を超える宿泊施設を自社運営する事業者です。私たち自身も、現場の深刻な人手不足やコスト高騰に直面し、その解決策としてセントラルキッチンを立ち上げ、運営を最適化してきた実体験を持っています。
また、本記事でご紹介した各種補助金についても、自社事業において数多くの採択実績を持ち、実務上のハードルや「採択の勘所」を熟知しています。単なるコンサルティングにとどまらず、「自らも実践し、成果を出してきた当事者」として、貴社の構造改革を全力でサポートいたします。
- 直営50施設を支えるキッチンの運用ノウハウ
- 実体験に基づいた、無理のない高付加価値化・省力化の道筋
- 100億円企業を目指すために、実際に補助金をどう組み合わせるべきか
こうしたテーマに関心をお持ちの経営者様、まずは貴社のビジョンをお聞かせください。個別相談やお問い合わせは、問い合わせフォームよりお願いします
【追記】令和7年補正予算 地域一体となった観光産業の効率化事業
令和8年1月16日付け観光庁のサイトに、「地域一体となった観光産業の効率化支援事業」に係る事務局公募についての記事がアップされていました。
この記事で紹介した、「省力化・省人化推進事業」から独立した形で、「地域一体となった観光産業の効率化事業」として共同設備の導入に関して補助が出る模様です。
地域一体となった観光産業の効率化事業
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補助上限額:5,000万円(補助率 1/2)
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主な補助対象:宿泊事業者の共同事業体、宿泊事業社等が出資して設立した法人、観光協会、DMOなど
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支援内容:地域全体での労働生産性を向上させるための共同設備導入や改修
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(例)コミュニティガス事業、地域共同倉庫、循環バス、セントラルキッチン、温泉引湯管、従業員寮など
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- 備考:共同事業体の場合は連携協定書、設立法人の場合は定款等が必要
詳細については正式な公募要領の発表後に改めてお伝えいたしますが、地域を巻き込んだ大規模な開発・運営を検討されている方は、今からこの枠組みを想定した事業計画を練る価値があります。



